家庭教師の仙台ブログ

家庭教師の留学体験記1・小4アメリカ

 「名門進学会」家庭教師 浅野早織(あさのさおり)の留学体験記、今日は初回です。 ぜひご覧下さい。

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<前書き>
 「留学」と聞くとどのような印象を受けるでしょうか?

 「かっこいい」「楽しそう」と感じる人もいるでしょうし、「ちょっとハードル高いなあ。」と感じたり「自分の居心地のいい場所から抜け出すなんて絶対嫌だ!」と思ったり、逆に「ちょっとした旅行みたいなもんでしょ。」と思う人もいるかもしれません。

 中には、「留学したなんて人、エリートぶってなんか嫌。」なんて人もいるかもしれません。

  私の経験をお話しします  
 私は、これまでに複数回留学・海外滞在を経験しました。 私が実際経験した事を基に「実際に留学ってどんな感じなのか。」という事をお話ししたいと思います。

 あくまで私個人の経験からお話しさせていただくので、同じように留学された方でも人それぞれまた違った意見があると思います。 ですから、1つの例として読み、何かの参考にして頂ければ幸いです。
  
 <小4の時アメリカに行くことに>
 私が小学4年生の頃、父が仕事の関係で1年間アメリカに行くことが決まりました。 もちろん、最初、家族は、父だけが単身赴任をするものだと思っていました。

   1. 家族で移り住むことにした 
 正直、その時の事をよく覚えていないのですが、私がそのアメリカへついて行きたいと父に言ったようで、それを聞いた父がこれはもしかしたら子供にとっていい経験になるかもしれないと、思い切って家族で一年移り住むことにしたそうです。

   2. 無鉄砲な自分にびっくり 
 元々読書が大好きで、本で読んだ海外の文化や海外の偉人の本を読んで、自分の住む世界の外に強い憧れはあったのですが、小学生でまともに英語の勉強もしたことがないのに、ただ「面白そう」という思いだけでアメリカについていくと言った無鉄砲な自分にびっくりしてしまいます。

   3. これがその後の人生の指針に 
 そう言っても、この時の純粋に「行ってみたい」という気持ちが、この先自分の人生の大切な指針になっていくとは思ってもみませんでした。

 また、今思うとこの時両親は私の知らないところで、非常に勇気を思って私を連れて行く決断をしていたのだと思います。
 
 また、子供を連れていくことで、大変なことも、経済的負担からくる苦労もたくさんあったと思います。

   4. 両親に感謝
 この時、私の行きたいという気持ちと、もしかするといい経験になるかもしれない、と考えてくれた両親には、感謝してもしきれません。
 
 <初の海外での生活>
 こうして、英語も全く話せないのに、意気揚々と憧れのアメリカで生活することになりました。 とはいえ、義務教育中ですので、学校に通わなくてはいけません。 そこで現地の学校に転校することになりました。
 
 学校に通い始めてみると、何もわからず、「なぜ自分は、こんなところに来ると言ったんだろう。」と何回も後悔し、毎日泣いていました。

   1. 英語の準備はできずに 
 英語は日本にいる間、ほとんど準備することができなかったので、学校初日には「私は、日本から来たばかりで英語は話せません。」「トイレに行きたいです。」「帰りのイエローバス(通学バス)の番号は〇〇です。」と書いたカードを持って登校しました。
 
 日本から来たのだから、みんな私が英語できないのを分かった上で色々なことが進められる、と甘えたことを考えていたのですが、実際はそんなことはなく、当たり前のように他の生徒と同じように授業を受けることになりました。

   2. 最初は途方に暮れて 
 初日には、今何の授業をやっているのかもわからないまま1日が過ぎて行きました。 下校の時間には、校内に通学バスが到着すると放送でそのバスの番号が呼び上げられるのですが、その番号が読み上げられるのをひどく緊張しながら聞いていたのを今でも覚えています。

   3. 最初の3か月は 
 学校に通い始めてからの3ヶ月は本当に辛く、毎朝登校する前に大泣きしてから通学バスに乗っていました。

 周りの人が笑っていても、何がおもしろいのかわからない。 次にしなくてはいけないことが何なのか、全く理解できない。 など、とにかく毎日途方に暮れていました。
 


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