東北大医学部6年間の体験記
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前書き&合格発表から入学まで

前書き

 東北大学医学部医学科6年の黒田実沙と申します。両親・親戚に医師がいるわけでもなくいたって平凡な家庭に産まれた私ですが、テレビドラマの影響か何なのか、小学生の頃からずっと医師を志しておりました。

 もともと頭がいいわけでも要領がいいわけでもなく、どちらかといえば“意地と負けん気”で戦うタイプの人間で、受験生の頃は非常に苦労した思い出があります。

 私は1年浪人しましたが、自宅で浪人生活を送っていました。現役の頃も成績が悪かったわけではなかったため浪人の現実を受け入れることができず、予備校に入る気力も持つことができなかったゆえの結果でした。勉強したいのに涙で文字が読めないなんて日が続き、本当に苦しい日々でしたが、医師になるのだという夢を一心に追い続けることで、最後まで気力を保ち続けることができました。

 誰にとっても受験生活というのはつらく苦しいものだと思いますが、医学部での生活の1例としてこの文章を読んでいただき、勉強のモチベーションとなっていただければ幸いです。

 大学生活というのは自由の幅が広く、各々の興味や行動力によって本当に多種多様です。海外に興味を持つ人、部活に励む人、アルバイトに勤しむ人と本当に色々なので、自分だったら何がしてみたいのか妄想してみると面白いかと思います。

合格発表から入学まで

 2011年3月9日水曜日に無事合格が決まると、実家のある名古屋を離れて仙台で夢の一人暮らしが始まるのだと、わくわくしながらまずアパートの情報雑誌を開きました。
 今まで1日中勉強しかしていなかったため、勉強以外のことをしているとなんだか変な気分でした。そして休日になるとアパートが埋まってしまうと思い、焦って3月11日金曜日の朝に仙台へ向かいました。合格してから来る仙台は私にとって夢に溢れた都市で、すべてがきらきら光って見えました。

大震災に遭遇して

 しかし、その日は東日本大震災が起こった日です。午前中にアパートを決め、そして電気屋で洗濯機を選んでいる最中に地震を経験することになりました。

 知り合いは1人もおらず、また宿泊予定だったホテルも停電と破損の恐れから泊まることができなくなってしまったため、居場所を失ってしまいました。そこで、ふらふらと街を彷徨い歩き、行き着いた先は県庁の廊下でした。そしてそこの寒い廊下で公共交通機関が再開するのを待つこと3日が経ちました。

 不安と孤独と不潔で心が折れそうになっていたとき、私と通路を挟んで向かい側の廊下に泊まっていた東京のサラリーマンの方に「明日山形行きのバスが再開するので一緒に行きましょう。」と声をかけていただくことができました。

 夜に1人でめそめそしていたのを見られていたのかもしれません。そして、その方と一緒に無事仙台を出ることができました。さすが仙台、素敵な街なだけあって素敵な人がいるものだ、なんてことを思いつつもやっと名古屋へ帰れることに心からほっとしました。

 大学の入学は1ヶ月遅れてしまったため、この1ヶ月間で自動車学校に通い自動車免許を取得しました。また、1年生のうちは暇な時間がたくさんあるだろうと思ったので、TOEICや世界史(私の社会の選択は倫理だったので)の勉強でもしようと意気込んで、何冊か問題集を買いました。しかし、これは今でもピカピカの状態のまま本棚の隅にあるわけなのですが。

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